つぼ

好きなことを好きなときに好きなだけ書く

指針的なもの。

 あまりにも自分という人間が空っぽで、なにかに情熱を注いだことがありません。一応趣味はあるのですが、「●●が好きです!」と胸を張って言えるようなものでもありません。

 

 思えば、周囲が何食わぬ顔でこなしていくような些細な事柄に躓いて来ました。考え過ぎる性格なので、「これをする意味は?」「これをして何になる?」というどうでもいい問いが内に生まれ、その度に自分なりの答えを見つけようと必死になるのですが、大抵の事柄にはおそらく意味なんて無い…のだと思います。そういう風にできているからそういう風にするしか無い、というか。

 答えなどわからなくて当たり前のはず。自分が納得するかどうかが言わば正解なのでしょう。

 

 …頭ではそう思うのですが、自分は「納得」ということがよくわかりません。どういうことなのか、感覚的に理解できません。なにかに情熱を注ぐという、「心の底からの思い」を感じ取ることが無いためです。

 

 ですが、もう子供では無いですし、いい加減仮面だけでも自分なりに納得する考えを見つけたいと強く思っています。外面だけでもなにかを装っていれば、いつかは本体(?)もそれに馴染んでいくのではないかという淡い期待のもと。

 「当たり前になることを恐れないこと」、「続けること」、「期待しないこと」。

 この3つの考え方は理屈っぽい自分でも割とすんなり受け入れることができました。何をするにしても規則を決めないともやもやしてしまう自分なので、この3つだけは大切に、あとはもうどうとでもなれ精神で生きたいです…。

 

 人もの問わず、執着は自分が苦手とする事柄です。情熱と執着はとても近いところにあるのでしょうから、自身の内に情熱を得るためには執着しないとダメなのだろうとも思いますが、醜い感情だと感じてしまいます。執着無しに情熱を注ぐにはどうすれば良いのか…。

 穏やかに生きるために、執着とは無縁でありたいものです。